あの頃の、男の子のはなし

あの頃の僕たちは好奇心とくすぐったい気持ちで出来ていました。 思春期の思い出を綴るエッセイです

危うくブルマ姿に

 我ながらよくもまぁこんな波乱に満ちた少年期を送ってきたとは思いますが、たぶん他にもよくあることだと思って書きます。

他のみなさんはどうだか知りませんが僕の小学校では高学年は必ずクラブ活動に所属しなければならない決まりでした。遊びざかりの小学生なんだから外で遊ばせろよ!と正直思っていましたが、まぁ大人の都合で先生方に「遊んでもらっていた」わけです。

僕は自然観察クラブ、というのに所属していました。僕の故郷は田舎なので学校の周りに自然がいっぱいあって動物や野鳥を観察したり、食べられる野草を採集して料理したりするクラブでした。担当の先生もその筋では有名な人でたまにTVや新聞の取材もきたりしました。

ただ野外活動は面白いのですが、すぐそばに大自然がいっぱいあるのに何故か屋内で図鑑をみたりする活動も多くて実に退屈です、ついつい班のみんな と無駄のおしゃべりをしてしまいます。先生には先生の運営方針があったのだと思いますけど授業でもなく強制的に先生の趣味に付き合わされているのですから 退屈なのは当然です。

そしてあまりに度がすぎる無駄話に忍耐が尽きた先生は
「そんなにこのクラブが嫌ならやめろ!」といい放ち、職員室に行き「バトントワラークラブ」の担当の先生と交渉してそこへに強制的に入れさせられることになりました。

「バトントワラークラブ」とはマーチバンドや運動会の応援などでバトンをクルクルまわすあれで当然部員は全員女子です、女子の中に1人男として入 るだけでも嫌なのに自然観察クラブの担当の先生はさらに「バトントワラーの練習はブルマ姿が基本だからお前もブルマをはくんだ!」と無茶なことをいってき ます。しかも当時僕の片思いの女の子がそのクラブに所属していてその子にそんな姿を見られたら次の日から学校なんていけなくなってしまいます。

まぁ、確かに無駄話をしていた僕が悪くて、それに小学生女子のバトントワラークラブなんてある趣味の人にとっては垂涎ものなんでしょうけど、先生のあまりに横暴な条件の提示にくやしさと屈辱感で「ごめんなさい」の一言がどうしても言えません。

結局「考えさせてください」と言って家に帰ったあと2日ほど夜枕を濡らしながら悩みぬき、素直に先生にあやまり事なきを得ました。

そしてその事によって僕は深い心の傷を負った、、、なんて事はもちろん無くて次の日から何もなかったかのように無駄話をし続けたのです。傷つきやすいけど復活も早い。僕はそんな小学生でした。