あの頃の、男の子のはなし

あの頃の僕たちは好奇心とくすぐったい気持ちで出来ていました。 思春期の思い出を綴るエッセイです

究極のラーメンつくろうぜ!!

 このブログは男の子を構成する成分のうち、「下ネタ」や「好奇心」などといったものに関する話題を中心にする事が多いわけですが、もちろん他に も大小とりまぜ色々な成分によって少年と言うものは出来ています。今回はちょっとその一つの例をとりあげようかと思います、わかりますね? そうです、「食欲」も忘れてはならない大事な要素です。

少年期に限ったことではありませんが育ち盛りの男子にとって食事は1日3回ではとても足りません。朝食を食べて学校へ行き給食を食べて学校から 帰ってきて遊んでいるとすぐにお腹が減ります。友達と外で遊んでいる時は基本的に近くの駄菓子屋で合計100円程度のお菓子を買って飢えをしのぎます。晩 御飯までのツナギはとても重要です。

子供なので当然甘いお菓子が好きなのですが、高級なものよりも「質より量」「量が同じならば長持ちしそうのモノ」と言った基準で選びます。

5円チョコ、10円のチロルチョコやうまい棒、カップに入ったヨーグルトみたいなモノ、当り付きのガム、20円ならばUFOチョコ、30円ならベビース ター、ビッグカツ、ビックリマンチョコ、50円ならビッグチョコ、挙げたらキリないですがこの辺りが定番でしたね。100円以上のお菓子を買う子供はいま せんでした。高学年になるとお菓子から70円のカップ焼そばが人気でたりして、お湯を入れて30秒で捨てる「固ゆで」と言うとても渋い食べ方が流行したり もしました。ただしお腹が減っているくせにガチャガチャみたいな射幸心を煽るようなオモチャやクジを買ってしまうのもこの時期の不思議のひとつです。

ただし買い食いをするのは外で友人達と遊んでいる時で、誰とも遊んでいない日は家でおやつを食べます。僕の家は両親共働きだったので小さい頃は祖父がイン スタントラーメンを作ってくれたり芋をふかしてくれたりしていて、大きくなるに従ってお腹が減ったら自分で何か作るようになり、自然に料理をするようにな りました。

このブログを何度か見て下さってる方には意外かも知れませんが僕は料理は得意で中学生くらいから現在まで自分の分や家族の分も含めてほぼ毎日料理をしており料理には自信があります。

そ んな僕が料理を覚え始めた小学生高学年の頃、たまたまいつも遊んでいる友人たちのほとんどが習い事などでおらず同じく暇をだった友人の1人と僕の家で遊ん でいた時の事です。1人よりはマシかも知れませんが2人だけだと外で遊んでもファミコンをしてもあまり楽しくありません。とくにする事もなくボーッとして ると自然のお腹が減って来ました。そして自然の成り行きとして二人でインスタントラーメンを作る事になりました。

普通に作って食べれば何の問題も無かったはずなのですが、そこは好奇心旺盛な男子でありますから「究極に旨いラーメンを作ろうぜ!」と言う事になりました。その頃TVアニメなどでミスター味っ子とかの料理アニメが流行っていたのもおそらく原因です。

最初はキャベツとネギの載った普通の塩ラーメンから始まりました・・・そして
コーンの缶詰空けて上に載せました
ツナ缶を空けて上に載せました
バターを上に載せました・・・ここらへんはまだ普通の状態です
冷蔵庫を見ると海苔の佃煮があったので上に載せました
「スープにも味を足そう」と、マヨネーズとソースとケチャップをスープに混ぜました
「行くとこまで行ってみよう」と納豆を上に載せました
だんだんとハイになって来てイカの塩辛を上に載せました

この時点で食べていればよかったのです、もうすでに見た目と匂いでまずそうなのは解っていましたが人間の食べるモノで子供の食欲で食べれないモノなど皆無です、少なくとも僕たちはそうでした。しかし、妙なハイテンションになっていた僕は致命的な爆弾発言をしてしまいます。

「このまま食べるとお腹壊しそうだから、正露丸も載せよう」

ラーメンの食べ物のとしての短い生涯はここで終わりを告げました。

みんな子供の頃は食べ物を粗末にするなと散々言われてました、元より好き嫌いの無かった僕はそれまで食べ残しなどした事はありませんでした。しかし、目の前にある元はラーメンだったモノの強烈な刺激臭に対して子供の倫理観などモノの役にはたちません。

冷静に戻った僕たちは今更の様に
「これは・・・食べられないね」
「そうだね・・・」
「どうする?」
「どうしよう?」
と、しばらく見つめ合ったあと、粛々とそれら異物をトイレに捨てて水に流して証拠を隠滅しました。

上の様な事は言語道断ではありますが、僕は今でも思いつきで創作料理をたまに作っています。当然トッピングに正露丸が載ることはありませんし、食べ残すこともありません。